親族・家族の対話は、まずお墓から。
終活相談を行っていると、よく耳にすることは、「子どもには頼れない」・「兄弟姉妹には頼れない」と言うお話です。
今は、一人暮らしをしていて、気楽に暮らしている。子どももいるけど、遠くに住んでいて、時々連絡をくれるだけ。特段、気にかけてもらわなくて、今の生活を続けていければ、子どもがいようがいまいが関係ない。それよりも、気の合う仲間とワイワイやりながら、自分の終焉を迎えることが出来るのであれば、そっちの方が、子どもに看取られるよりもよっぽど良いという方もいらっしゃようです。これが、子どもがいなく場合は、強くなりように感じます。確かに、兄弟姉妹の場合には、それぞれ親元を離れ、それぞれの生活が始めれば、そんなに連絡を取り合うことも無くなるでしょう。そうだからこそ、「もしものとき」だけ、急に頼るのは、気が引ける。事前に話をすればいいのじゃないかとは思うけど、面倒だし、一体何から話をすれば、良いかもわからない。
「死んだら、頼む」と言ったところで、その葬儀費用は、どうするのかと、遺産は、どうするのかとか、色々聞かれて大変そう。 それに、私が幾ら財産を持っているのかと尋ねて来られても話をしたくない。
終活相談に来られて、このようなお話をよく聞きます。だったら、死後の事は、最後を一緒に過ごす人たちに頼るつもりなのかと尋ねると、それはそうではないらしく。それとこれとは別。ただし、死んだら、家族・親族は頼りたくないらしい。
だから、死んだら、火葬して、遺骨は無くなって欲しいと考えている。
こんな考えを持っているから、終活相談をして、後を任せられる事業者を探しているそうです。お金は火葬するだけだから、安く済はずと思っています。
相談内容は、筋が通っているようで、通っていない。
前提として、生から死は、一筋の線で繋がっているから、生までは、この人に世話になる。死んだら、この人に世話になるという二つの線を考えても上手くいきません。死を迎えたら、葬儀社が、仕事をしてくれますが、死亡した事を通知して、業務を依頼することは誰かがやらないといけませんし、生きている際に、どこかで事故にあったら、病院に運ばれても、誰かがその治療や入院手続きをしなければなりません。つまり生と死を一筋の線にしていくための接点となる人物が必要です。そして、その人物は、信頼でき、且つどんな時でも駆けつけてくれる人がないといけません。お金で人を動かそうとすれば、幾ら掛かるのは頼る人次第でしょうが、何時亡くなるかがわからない中で、長い付き合いをしていくことを考えると、多額の支出があっても不思議ではありません。
どんな時でも駆けつけてくれる人と述べましたが、実際にその現場にいてくれる人という意味はありません。どんな時でも自分の代わって、采配を振れる人のことで、他人から見ても本人の代わりであることが尤もだと思われる人のことです。
そのような人物は、親族・家族が、候補の最上位にいることは、間違いありません。そして、次に、その人物との信頼関係を作っていけば良いと思います。
家族・親族でも、縁遠くなっているのであれば、信頼関係は最初から作るつもりでないと出来ないと思います。
お金の話や、死をついての話は、お互いにやりにくいことだと思います。
終活の中で、一番話をしやすい話題、お墓のことだと思います。最終的にはお金に結びつくとになりますが、家のお墓を将来どうするかと言った切り口は、お金や死よりも話やすい事柄だと思います。
後を託す人がいないとお困りの人は、いきなり第三者に頼ろうとせず、家系図を作ってみて、候補者を探して、その人とお墓のあり方を話をしてみることをお勧めします。

